2006年1月に「そろそろ1人立ちしますヨ」とデザイン事務所を退職してフリーランスのデザイナーになり、2011年1月に「会社、一回作っとくか」とデザイン会社を起業し、現在第5期に入った株式会社クラウドワゴンの代表を、このたび辞する事にしました。
なにひとつ仕事を持たないままフリーになり、自立が目的だから…と、前の会社経由の仕事も断り、全くイチから「どうすれば仕事がもらえるのか?=誰かの役に立てるのか?」という事から、本を読んで勉強する日々でした。
そして、色々な事を試していく中で、あるひとつの仕事がちょっとずつつながって、目の前の課題にひとつひとつ対処していくうちに、いつしか「会社にした方が良さそうだ…」という段階にたどりつき、気づけば毎月安定した売上をあげるなんて、9年前のyokoyamaには想像もできない事でした。
周りに誰も起業している人がいない中、ビビるyokoyamaの背中を押してくれたのは、いつもたくさんの本とブログでした。なので、今、会社を辞めると決めるまでの事について、フリーランスデザイナーから、デザイン会社代表になるまでに手に出来たものについて、ボクもブログに書くべきだろうと思います。
これから独立・起業しようと考えてる人の、何かの参考になれば嬉しいです。
1.なんで辞めんの?
2.会社どうだった?
3.ターニングポイント
4.お金のことはちゃんとする
5.失敗した事
6.どうすればフリーから起業できるのか
7.やめてどーすんの?
8.おわりに
1.なんで辞めんの?
夏くらいにこんな記事書きましたが、この頃から未来を考えるように…。
+ これから会社どうしてくか…とか、どういう仕事をするのをやめるか…とか、会社のビジョンとか、そういうのを考えるじかん。
辞める理由は大きく3つで、
ひとつは、目的を見失ったこと。
もともと自立する事が目的だったので、フリーで5年、会社で4年、売上も安定しているとなると、ある程度「達成感」が生まれてしまって、今後どこへ向かえばいいか?何をチャレンジすればいいか?が見えなくなってしまいました。起業が目的でない以上、存続を目的には出来なかった。ビジョンがあればまた違ったのかもしれない…。
ふたつめは、時間が奪われていくこと。
会社の代表って超やることだらけで、忘れないために毎日いくつものリマインダーメールに追われる日々でした。そんな中で、時間をつくるために、できるだけ作業は自動化し、どうしても人の手や専門家が必要な仕事はアウトソーシングしていくのですが、仕事で時間が奪われる変わりにお金を手に入れ、そのお金を使って、時間を買いなおす…ってやってると、「オレは何してんの?感」に支配されるようになってしまいました。
みっつめは、ひとりでやってると、アイデアが膨らまないこと。
良くも悪くも出来上がりが、想像の範囲内でおさまってしまい、ワクワクの瞬間がやってこなくなった。自分ひとりの力の限界に気づきました。
2.会社どうだった?
会社を作って良かったなーと思うことは3つあって
ひとつは、信じきれたこと。
株式会社を起業するのには登記関係で40万円位、資本金にうん百万円、少なくともお金がかかるのですが、起業した会社の95%が5年以内に無くなる…という確率の中、残り5%に入れるはずだ…とチャレンジできたこと、自分自身を信じきれたこと、自腹をきれたことは、とても大きい経験でした。(結局5年で辞めちゃうんですけどw)
ふたつめは、成功体験を手にしたこと。
なかなかの評価をしてくれるお客さんと上司がいる会社を辞めて、ひとつの仕事も持ってないまま、売上0円からはじめた仕事が、安定して収益をあげるに至るまでの過程は、とてもエキサイティングだったし、今までの人生で体験したことのない手応えでした。
みっつめは、ひとつめの、起業にかかわる投資のリターンを、更なる投資にあてれたこと。
デザイン研修
勉強になった本
+ 「ワーク・シフト ― 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉」読了。
+ 「10年後の仕事のカタチ10のヒント~シリコンバレーと、アジア新興国から考える、僕達の仕事のゆくえ」読了。
+ 『20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義』読了。
すべてが血になり、骨になってると思います。フリーランスではここまで時間とお金をかけれなかったはず。
3.ターニングポイント
ある仕事の手伝いで、広告代理店に出向いて作業をしているとき、その頃MacOSが9とX混在していろいろ不安定で、OSがなんかの拍子にクラッシュして、イラレファイルが壊れ、真夜中に、一日の作業がムダになってしまったことがありました。
しょうがないので、次の日に、またイチからやりましょう…という話で解散になったのですが、一応、そのデータを持ち帰って、色々試した所、運良くデータを復元することができました。
別にこれをしないでも、次の日また同じ作業をすれば、ギャラは2日分もらえたのですが、yokoyamaも含めて、みんな困ってたし、疲れてたし…。
短期的に見ると損だったかもしれない行動でしたが、この仕事の担当さんは、たまたま制作会社のお偉いさんだったので、その後、仕事が急増していきました。
この話の教訓は、デザイン会社であろうと、なんだろうと、たいがいのフツーの仕事ってのは、仕事のクオリティが一定価値である以上、それ以外の何かでキマってくる…って事だと思います。
4.お金のことはちゃんとする
お金のことで気をつけたことは2つあって
ひとつは、自ら価値を下げないこと
値引きをしない会社=仕事に自信がある会社、という戦法で、一切の値引きを断りました。
もしかすると、値引きをしないことで発注がこなくなったケースも有ると思いますが、結果として、仕事はいつもお断りし続ける程あったので、値引きの仕事で手一杯にならずにすみました。不思議とお金でもめる人って、次も発注してきてくれたりするんですヨ…そうすると次からお金交渉もなくなるしね…。
もうひとつは、スタッフさんへのギャラの期限と金額を守りぬくこと
期限については、弊社への入金を待たずに、翌月10日に毎月必ず入金しました。おかげでいつも自転車操業でしたが…。
金額については、デザイン業界あるあるで、最初の話と違って、最終的に制作物が減ってしまって、無くなった制作物にはお金が発生しない…みたいな話はよくあるのですが、そういう時でも、弊社が赤字になっても、スタッフさんへは最初の約束金額をお支払いしました。そこ守ってあげないと、零細企業につきあってくれるメリットないし…。
5.失敗した事
今でも思い出すと、胃がキリキリしますが、たいして考えもせず「会社は拡大し続けなければいけない…」という社会の通説?に乗ってしまったこと。だいたいスカしてこういうの真似ると痛い目に合います、yokoyamaの人生。
仕事がどんどん増えていき、実績ができるから、さらに仕事が増えていく…という中で、いつしか、たくさんのスタッフさんを採用し、たくさん仕事を回していくサイクルに入っていました。
そんな中、とあるスタッフさんの仕事のスピードが原因で、お客さんに迷惑をかけてしまったことがありました。
お怒りのメールを夜中2時位にもらってしまい、スタッフに慌てて状況を聞いてみると、こちら側だけの問題では必ずしもないようでしたが、「自分も迷惑をかけてしまっている…」という話でした。
翌朝一番で謝罪に伺い、その後何とかフォローして、無事に仕事を間に合わせることができましたが、あの、朝まで眠れない感じ、今までひとつひとつ積み重ねてきた信用がこの一回で崩れちゃうかも…というとてつもない恐怖…。怖すぎて思い出したくないです。
コレ以降、戦略無き拡大路線を辞めることを決めました。この段階で気づけて良かったと今でも思うとと共に、ココで拡大を選択できないyokoyamaの、経営者としての力量のなさを痛感する出来事でもありました。
6.どうすればフリーから起業できるのか
スタッフさんを含め、仕事で関わるフリーランス(個人事業主)の方に一番良く聞かれる質問です。yokoyamaはいつも
「自分の仕事とお金をちょっとずつ分ける事を怖がらない」
「仕事を人に振ることで、自分の仕事がなくなるかも?という事を怖がらない」
「仕事を振ったにもかかわらず、自分のお客さんがいつもと変わらずに喜んでいる時に、オレじゃなくてもいいんだ…という事にいちいち落ち込まない」
みたいな話をします。
フリーランスはとかく不安定ですから、一旦色々怖がっちゃったら、どんどん怖くなっちゃうんですけど。でも、まあ、お客さんが喜ぶことが自分が仕事をする理由だとすると、そこはまあ、鈍感になれば…みたく言います。だいたい「はぁぁ…」って言われますけど。
7.これからどーすんの?
会社のサービスの一部は、スタッフさんが引き継いでくれる事になりました。アリガトウ。
yokoyama個人は、これまでの経験・パーソナリティを面白がってくれて、意気投合できる会社のトップと、運良く出会うことが出来たので、2月からそちらへサッと華麗にJoinしますヨ。運イイのオレ!問題意識や現状認識を共有できるトップと出会えたので、イイ仕事スルよオレ。
勤務先は恵比寿で、今後もコレやるので、お近くの方飲みましょう。
8.おわりに
長くなったので最後に行きますよ、名言。
「この世には2種類の人間がいる、ブログを書く人と、ただブログを読む人だ。」
yokoyamaを、弊社を可愛がってくれた全ての皆様、ブログを読んでくれた皆様、ありがとうございました。狭い業界ですので、またどこかでお目にかかるかもしれません。笑顔の再会を期待して。
2014年12月末日
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